偶数週木曜更新 世界史中国皇帝編。今日は秦の始皇帝(在位前221~前210)の末期、いわゆる中国の戦国時代では「戦国の七雄」→(中国大陸地図 中心をとし、その南に、後は反時計まわりに国名をまわして覚えるのがポイント)に分かれていた。この時代、諸子百家と総称される多くの思想家や学派があったが、は強大な権力をもつ君主が法と策略により国家の統治を行うべきだとする法家を採用。政(せい、始皇帝の本名)の父は法家商鞅の意見を取り入れ、富国強兵につとめ、他の六国より飛びぬけた実力をもつようになる。

に対抗しようと他の六国外交策を講じた縦横家の意見をきくことに。

六国協力して秦にあたる蘇秦の意見(合縦)

六国ばらばらで秦にあたる張儀の意見(連衡)

に分かれたが、六国は最終的には張儀の意見を採用。ことごとくに敗れ、は中国を統一。秦王の政は「王」にかえて「光輝く神」の意味を持つ「皇帝」の称号を採用。「始皇帝」と名乗る。

テストでは「」の漢字を「秦」と間違えないことに注意。

法家とは法律主義で規則を破ると厳しく罰せられる。例えば、工事の仕上がり予定日にできなければ死罪(陳勝・呉広の乱の原因となる)、役人に推薦した人が不祥事を起こせば、不祥事を起こした人はもちろん推薦した人も死罪というほど厳しいものであった。

次回も秦の始皇帝の政策について。

14:30教室入室

18:00授業スタート

19:30授業に入る。二中2生 英語 夏休み宿題 英作プリント 200~250字の自由英作。バスケについて60字ほど作る。岩出中3生 英語 サマーワーク(夏休みの宿題)5ページほど。岩出中3生も自由英作のプリントが出たようだ。

21:00授業終了。那賀高野球部は敗退。明日、高3生にtelすることに。明日も18:00より授業。