土曜更新 日本史女性史編 今日は壱与(いよ)
「更に男王を立てしも国中服せず。更に当時千余人を相誅殺す。復に卑弥呼の宗女壱与年十三なるを立てて王と為し、国中遂に定まる。」(『魏志』倭人伝)
卑弥呼は「年すでに長大なるも夫婿無し」と倭人伝にあるから、終生独身であった。壱与は、卑弥呼の「宗女」(同じ一族の娘)とあるから、卑弥呼の血を引く13歳の少女で、「鬼道」を使うシャーマンだったのだろう。
「日本書紀」が引用する「晋」の「起居注(日記体で記した中国皇帝の記録)」に
「武帝、泰初二年十月、倭の女王、訳を重ねて貢献せしむ。」とある。
266年に「倭の女王」が朝貢してきたという史料だ。この時の「女王」とは壱与のことであろう。
壱与の時代(3世紀後半)のことが中国の歴史書に書かれて以降、倭の五王が登場する5世紀前半まで(約150年間)、日本でのできごとは文書の記録に残されていない(古事記・日本書紀には矛盾する記述がある)
6世紀に古事記・日本書紀のもとになった「帝紀」「旧辞」や聖徳太子と蘇我馬子が協力して編纂した「天皇記」「国記」は現存せず。もし残っていれば、空白の150年は明らかにされていたかもしれない。
次回も推古天皇
14:00教室入室
15:00授業スタート 授業に入る 中3生 社会 税、社会保障、国際連合
15:30~16:00髪の毛が赤に近い小学生?の男の子が廊下をうろうろしていた ネイルの客の子?それともこども英会話の子?
16:30授業終了
16:35先週㈯に問いあわせのあった新那賀高1生母本人入室 体験英数で 家は和歌山市内中心に近いので学校帰りの㈬と㈯は送迎で。 これで4月からも㈯の授業は行うことに 母本人とも明るい雰囲気でした。看護師になりたいそう。(~17:25)
朝一番で、母を病院の循環器内科へ連れていく。検査の結果、肺に水がたまっているとのことで即入院に 塾開室は無理かなと思ったが、入院が決まったのが11:00ごろだったので、そこから1時間半ほどで入院手続きを済ませ、教室に戻り予定どおり開室する。
明日は休 ㈪は16:30より授業






