奇数週 木曜更新 世界史 中国皇帝編 今日も光緒帝

日清戦争敗北の衝撃の中、日本の明治維新に習った改革をしようとする

戊戌の変法(1898年)公羊学派(くようがくは)の康有為(こういうい)は儒学の祖である孔子の教えは古い制度をまもろうとするものではなく積極的な改革を目指したものであるとする新しい学説をうち出し、国会開設や憲法制定による、立憲君主制に向けての改革をおしすすめようと、光緒帝を説得して政治改革をしようとする。

しかし、改革派に反対する保守派は、西太后と結んでクーデタ(戊戌の政変)をおこし、光緒帝は幽閉され、康有為や梁啓超(りょうけいちょう)らは失脚して日本に亡命し、改革は3ヶ月あまりで失敗に終わった。

②列強の中国分割とジョン=ヘイの中国の門戸開放→日清戦争での清の敗北をきっかけに、列強は清朝領土内での鉄道敷設・鉱山発掘などの利権獲得競争に乗り出した(写真 参照)

ロシア三国干渉(下関条約で日本の領土となった遼東半島を清に返還させる)の代償として清から東清鉄道の敷設権を得た(1896年) またロシアは遼東半島南部を租借する。

ドイツ→宣教師殺害事件を口実に膠州(こうしゅう)湾を租借→中国の右 山東半島、青島(ちんたお)があるところと覚える。

イギリス→威海衛、九竜半島北部を租借

フランス→広州湾を租借(中国の南、香港、マカオの近く)

ところで列強であるアメリカ合衆国がどこも租借していないが、アメリカはアメリカ=スペイン戦争でフィリピンを獲得し、中国市場への関心を高めていたが、進出の遅れを取り戻そうと、国務長官ジョン=ヘの名で中国の門戸開放機会均等および領土保全を提唱した(1899~1900)これは聞こえのいいように思えるが、アメリカが中国進出に遅れたがゆえの犬の遠吠えだととれたが、それでもアメリカが牽制したことにより、列強の中国大陸進出はややゆるんだ。

次回も光緒帝 義和団事件と光緒新政(もう一度改革しようとするが…)、孫文の清朝打倒運動について

14:20教室入室

18:00授業スタート

18:10高3生 家にイノシシの肉が多くあるらしい。

19:25二中2生がやってきた 学校副教材は数学→わかる数学、英語→英語のパートナー 中間テスト対策日程表手渡し。

21:00授業終了 岩出中学の中間テスト対策日程表出来上がる 7(火)夜に郵送予定

7(火)は16:30より授業