奇数週木曜更新 世界史中国皇帝編 今日は李世民(太宗:在位626~649)の2代皇帝 優れた政治力を見せ、広い人材登用で官制を整えるなど諸制度を整えての基盤を確立した。(写真は同志社大商2023)

東突蕨(ひがしとっけつ)撃破(630)→を建国の際、東突蕨の援助を受けていたことから比較的優位に立たれていたが、主力を服属させることによりを撃破して西北の遊牧民の首長からの皇帝のみでなく北方民族のトップの称号(天可汗)を贈られた

律令国家を作り上げる→隋の制度を受け継ぎ、(刑法)(行政法)(律令 の補充法)(施行細則)の法制に基づく法制を作り上げる。(日本の大宝律令、養老律令も中国の影響を受けている)

中央には三省(中書省(詔勅などの草案を作成)・門下省(草案の審議)・尚書省(草案の執行))六部((官吏の任用)・(財政)・(祭祀・文教)・(軍事)・(司法)・(土木))御史台(ぎょしだい:行政監察)を中心とする官制を設け、地方には州県制をしいた。

その統治体制の根本は、成年男子に土地を均等に支給(均田制)して穀物・絹布などの税や力役を課す租庸調の税制である。ただ上級貴族の大土地所有は認められていたので広大な荘園を隷属的な農民に耕作させていた。

また兵役には府兵制が受け継がれ、農民の中から一定期間、都の警護や辺境の守護にあたった。

税制と徴兵制は唐前期と後期で違うので注意。

(唐前期)府兵制→(唐後期)募兵制、(唐前期)租庸調制→(唐後期)両税法

また645年(大化の改新の年と同じ!)には玄奘(三蔵法師)がインドより仏経典を持ち帰っており、李世民玄奘を支援して漢訳を行わせている。

これらの充実した政策により、李世民の治世を貞観の治と称し、後世で理想の政治が行われた時代と評価された。『旧唐書』では「家々は(泥棒がいなくなったため)戸締りをしなくなり、旅人は(旅行先で支給してもらえるため)旅に食料を持たなくなった」と書かれている。

次回は高宗

14:30教室入室

17:45岩出中3生がやってきた。社会の宿題チェックの際、「日米和親条約で函館を開港したのはアメリカではなくロシアに有利になるのでは?」「日米和親条約」ではペリーと通訳できる人はいたのかな?」などテストや入試には出ないが素朴な疑問を投げかけてくる。重要人物プロマイドを友人からもらったらしく喜んでいた。

18:00授業スタート 授業に入る 山崎小6年 国算 5年の復習の後、漢字の宿題

19:30二中3年 英語 Unit0 粉河高1生 数学 高校への基礎がため 高校の授業は静かでそれがかえって疲れるとのこと 水曜バスケ部休みなので水曜授業にしてほしい。水曜Dコマ中1生のどちらかを調整することに。

岩出中1生 陸上部に入りたいと言っていたので陸上部の岩出中3生と引き合わせる。

21:00授業終了 明日も18:00より授業