土曜更新 日本史 内閣総理大臣編 今日は東条英機(在職1941.10~1944.10) 太平洋戦争開始時の首相 戦後の東京裁判ではA級戦犯となる。
テストに出るポイント
①ハル=ノート提出(1941.11)→東条英機は内閣組閣後しばらくは日米交渉を継続させた。しかし、アメリカ側の提案(ハル=ノート)は日本へ中国・仏印からの全面的無条件撤退、満州国・汪兆銘政権の否認、日独伊三国軍事同盟の実質的廃棄など満州事変以前への状態への復帰を要求する最後通告に等しいものだったので、交渉成立は絶望的になる。1941.12/1の御前会議は対米交渉を不成功と判断し、米英に対する開戦を最終的に決定する。
②太平洋戦争開始(1949.12)→1949.12/8 日本陸軍が英領マレー半島に奇襲上陸し、日本海軍がハワイ真珠湾を奇襲攻撃。日本はアメリカ、イギリスに宣戦を布告し、太平洋戦争が開始する。(参考 NHKアーカイブス(太平洋戦争開戦)より)
ここで注意は第二次世界大戦と太平洋戦争は同じではないこと。第二次世界大戦(1939)はドイツのポーランド侵攻からはじまるのでこの時は日本は関わっておらず太平洋戦争期間ではない。太平洋戦争は第二次世界大戦の重要な一環をなすと考えればよい。(第二次世界大戦≒太平洋戦争)イタリア、ドイツが降伏し、最後まで残った日本が無条件降伏した時点(1945.8.15)で第二次世界大戦、太平洋戦争とも同時に終わったと考える。
アメリカに対する事実上の宣戦布告である交渉打ち切り通告は、在米日本大使館の不手際もあり、真珠湾攻撃開始後にずれ込んだ。その結果、アメリカの世論は「リメンバー・パールハーバー」(真珠湾を忘れるな)の標語とともに一致し、日本に対する敵愾心に火がついた形となった。カリフォルニア州をはじめ、西海岸州に住む12万313人の日系アメリカ人は各地の強制収容所に収容された。(ドイツ系、イタリア系のアメリカ人に対してはこうした措置はとられなかった。)アメリカ政府は1988年になって収容者に対する謝罪と補償を行っている。
次回も東条英機 太平洋戦争前半の戦況について
14:30教室入室
15:00授業スタート 授業に入る 岩出小6生 国算 どちらの科目も確認テストで復習 来週土(11日)は祝日で本来なら休みなのだが、高2の姉が学年末テスト対策授業に入っており、この生徒だけ休みにするのもどうかと思い授業を入れることにした。正しい判断なのかな?
15:20那賀高2生入室 教室内で自習(~17:10)
16:30授業終了
17:10那賀高2生が帰っていった
その後、確定申告書類作成 明日は休 (月)は16:30より授業