土曜更新 日本史 内閣総理大臣編。今日は第二次大隈重信(在職1914.4~1916.10) 元老山県有朋らは、第一次護憲運動の原因である反藩閥ムードをしずめようと、政界から引退していたが言論界や民衆の間で人気のある大隈重信を首相に起用。第二次大隈重信内閣は長州閥や陸軍の支援のもと、立憲同志会を少数与党として1915年の総選挙で立憲政友会に圧勝。この結果、第二次西園寺公望内閣退陣の原因となった2個師団増設案(内閣総理大臣編16 第二次西園寺公望参照)が議会を通過する。

テストに出るポイント

第一次世界大戦への参戦→1914年6月勃発。同年8月、日本は日英同盟を理由にドイツに宣戦し、中国におけるドイツの根拠地青島(チンタオ)と山東半島のドイツ権益を接収。さらに赤道以北のドイツ領南西諸島の一部を占領。

二十一カ条要求(1915.1)→第一次世界大戦のためヨーロッパ諸国が中国(中華民国)問題に介入する余力がないのをみて、1915年に中国の袁世凱二十一カ条要求をつきつける。

その内容は主に、山東半島のドイツ権益と南満州の権益を日本がとることだが、中国にとって屈辱的な要求で、受諾の日(5月9日)は中国で「国恥記念日」とされている。→1919年の第一次世界大戦の講和条約であるべルサイユ条約など二十一条要求が破棄されなかったため、中国では日本排斥運動→五・四運動が起こることになる。

なお、以前は「対華二十一カ条要求」と言っていたが、最近の教科書は「二十一カ条要求」となっている。

③第四次日露協約(1916.7)→ロシアに日本の中国進出を承認してもらう内容。

第二次大隈重信内閣は、はじめは元老である山県有朋の協力があったものの徐々に対立していき総辞職する。

テストには出ないが、大隈重信山県有朋は生まれ年も死没年も同じ(1838年生まれ1922年没)だが、山県有朋の葬儀には陸軍、政府関係者のみだったのに対し、大隈重信国民葬が実施され、約30万人の一般市民が集まった。大隈重信の国民人気の高さが伺える。

また大隈重信早稲田大学(当時は東京専門学校)の創立者である。

大隈重信は外相の加藤高明(普通選挙法成立の時の首相、二十一カ条要求のつきつけもこの人が主に動いていたといわれる)を後任首相として進めたが、山県有朋は認めず、陸軍大将で朝鮮総督府の初代総督であった寺内正毅を首相にする。

次回は寺内正毅。

12:50教室入室

13:30授業スタート。授業に入る。那賀高2生 世界史 宋~明。入会時は看護大学志望だったが幼稚園・小学校の先生、保育士志望に代わっていた。

15:00岩出小5生 国算 主語・動詞、分数の割り算。文章題で手こずっていた。割られる数、割る数がどうしても文章のはじめにくると順番通りに前÷後に計算するのだが、逆なので、簡単な数字に置き換えて説明。しかし、今日は理解できなかった。ここできつく言うと算数嫌いになるのでさらっと流し終了。復習の問題でまた文章題が出てくるので、その時にもう一度説明するようにする。那賀高2生 世界史 宋~清。なかなか用語が覚えられないと嘆いていた。

16:30紀北農芸高2生 英語 vista Lesson2の1。明後日、家庭科の試験勉強をしていないので明日みてほしい?英語を復習した方がいいような気がするが、できる範囲でみることに。

那賀高2生 教室内で自習。(~17:00)

19:30授業終了。那賀高3生 テスト後の授業について。第一試合(対桐蔭)が14(木)にあるのでそれまで塾に来るのはきつい。勝ち進めばクラブは続くので、結果をみてその後どうするか相談することに。今はクラブに本腰を入れる時だろう。

明日も13:30より授業。期末テスト対策終わりが見えてきた。もうひと踏ん張りだ。