
奇数週木曜更新 世界史 イギリス王室・首相編 今日もロイド・ジョージ首相(写真はヴェルサイユ宮殿で行われたパリ講和会議)
①パリ講和会議(1919年1月)→第一次世界大戦終結後、連合国代表が集まり、開かれた会議。アメリカのウイルソン大統領はヨーロッパ列強の秘密外交や非民主的な政治を批判し、自由主義経済のもとで戦争を防止し、ロシアに社会主義に対抗しようとした(世界史アメリカ大統領編11ウィルソン①14ヵ条原則参照)
しかし、フランスのクレマンソーやイギリスのロイド・ジョージは植民地などの既得権益を手放さず、敗戦国(主にドイツ)に厳しい態度でのぞんだので、ウィルソンの原則は部分的にしか実現しなかった。
②第4回選挙法改正(1918年)→第一次世界大戦中の女性の社会進出という情況を受けて、女性の選挙権を最初に承認した。ただこの時に選挙権を与えられたのは「戸主又は戸主の妻である30歳以上の女性」であって完全な男女平等では無く、男性と同じ21歳以上の普通選挙権となったのは、1928年のことである。(第5回選挙法改正)
③北アイルランドの分断→アイルランド問題では、第一次世界大戦中にイギリスからの独立を求めるイースター蜂起(1916年)につぎ、1918年の総選挙でシン=フェイン党が躍進(アイルランドのイギリスからの独立を目指して活動した民族主義政党、シン=フェインとは「われわれ自身で」という意味のアイルランド語)
翌年彼らはアイルランドで独自の国民議会を開設しアイルランド共和国独立を宣言したため、武力衝突し、イギリス=アイルランド戦争となる。ロイド・ジョージは事態を収束させるため、アイルランド自治法に代わるアイルランド統治法を立案、議会を通過させた(1920年)
それはアイルランドをイギリス帝国を構成する自治領(ドミニオン)として実質的独立を認めると同時に、北アイルランドを分離しイギリスの一部として限定的な自治を与えるというものであった。イギリス軍とアイルランド共和国軍の戦闘は講和が成立(1921年)
イギリス=アイルランド条約が締結されて北アイルランドを除く諸州はアイルランド自由国を成立させたが、シン=フェイン党は北アイルランドも含めたイギリスからの完全独立を主張するグループが分裂し内戦に突入した。
また、北アイルランドはイギリス領にとどまりながら独自の議会と政府を持つという一定の自治を認められたが、その政権はイギリスの支持を受けたプロテスタントが占め、カトリック教徒は少数派として権利を奪われたため、その後も長く北アイルランド戦争が続くこととなる。
次回は第一次マクドナルド内閣
14:30教室入室
15:00小1生母と元塾生の母妹が入室してはなし 髪の毛染めていたのでお姉さんとの区別がはじめつかなかったが、表情を見るとわかった シンシアのプリンとシュークリームをいただいた
授業に入る 近大2024Ⅵ(長文)共通テストと同じで段落ごとの設問 長文一題で1コマ終わってしまった
16:30小1生と母親 夏期講習最後の授業挨拶 帰省時の講習 24日に埼玉に戻るそう
中3生 地理 九州~近畿
18:15粉河高2生が来ないのでtel→18:20に入室
21:00授業終了 教室にクモがいたとの報告があったのでバルサンを焚いてかえる
明日は16:30より授業